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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)6546号 判決

原告

X

右訴訟代理人弁護士

佐井孝和

島尾恵理

石田法子

被告

和光証券株式会社

右代表者代表取締役

杉下雅章

右訴訟代理人弁護士

木村保男

的場悠紀

川村俊雄

中井康之

福田健次

大須賀欣一

青梅利之

湯川建司

飯島奈絵

主文

一  被告は、原告に対し、金七九万八四三九円及びこれに対する平成七年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その六を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二一五万三〇〇〇円及びこれに対する平成元年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、証券会社である被告の投信債券外務員に勧められて投資信託をした原告が、右外務員が原告に対して投資信託に関する説明を怠り、また、元本が保証される旨断定的判断を提供するなどの違法な行為をしたことにより損害を被ったとして、不法行為等に基づき損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

原告は、昭和二三年生まれの女性である。原告は、昭和六一年春から、大阪市内の行岡病院に勤務するかたわら、同市内の行岡医学技術専門学校に通学して、昭和六三年四月准看護婦の資格を取得し、以後平成元年一二月まで、行岡病院に准看護婦として勤務した。

被告は、証券取引法に基づき、大蔵大臣の免許を得て証券業を営む株式会社である。

訴外Aは、被告の投信債券外務員としていわゆる外回り営業を行ったが、平成四年六月、被告の右外務員を辞めた。

2  取引の経緯等

(一) Aは、昭和六〇年又は六一年ころから行岡病院に出入りし、同病院に勤務する医師や看護婦らに対し投資信託を勧誘した。

Aは、原告にも投資信託を勧誘し、原告は、別紙1「投資信託一覧表」記載のとおり、投資信託をした(以下「本件投資信託」という。)。

(二) Aは、原告に対し、平成四年五月、当時原告が購入していた同表1、3、5、7、8記載の投資信託商品についていわゆる元本割れが生じている旨告げた。

(三) 原告は右各投資信託商品を同表記載のとおり売却したものの、合計一九六万〇六〇〇円の損失が生じた。

(四) 原告と被告間の本件投資信託を含む取引等の状況は、別紙2「取引経過表」記載のとおりである。

3  投資信託について

(一) 投資信託とは、委託者の指図に基づき、特定の有価証券に投資して運用することを目的とする信託であって、その受益権を分割して不特定多数の者に取得させることを目的とするものをいう(証券投資信託法二条一項参照)。

すなわち、投資信託とは、委託者(委託会社)は、受託者(信託銀行など)に対し、受益者(投資家)のために利殖する目的をもって、金銭を信託する(信託契約)と同時に、有価証券に投資して運用することを指図し、受託者は、その指図にしたがって信託財産を管理処分し、その結果、信託財産に生じた利益及び損失をすべて受益者に帰属させるものである。

(二) 投資信託は、投資対象、募集形態、収益の分配方法などによって、種々に分類される。

投資対象による分類には、公社債投資信託と株式投資信託がある。

公社債投資信託は、投資の対象に、株式を一切含まず、公社債を中心に運用する投資信託をいう。国が発行する国債やいわゆる一流企業が発行する社債など、比較的安全、確実な有価証券に投資するため、安定した収益が期待できるとされている。

株式投資信託は、投資対象に株式や転換社債を含むものをいう。収益性を重視し、信託財産は株価によって大きく変動する。株式投資信託は、証券会社の分類によれば、株式組入比率にしたがって、「成長型」(投資対象への株式組入れに制限がないもの)、「安定型」(株式組入限度を投資額の五〇パーセントとするもの)及び「安定成長型」(両型の折衷型、株式組入限度を七〇パーセントとするもの)に分類され、株式組入比率が高いほど株式変動による影響を受けやすく、収益性が大きい反面、損失発生の危険性も大きい。

別紙1「投資信託一覧表」のうち、「トップ八八〇七」及び「トップ八九〇六」(同表4及び6)は、公社債投資信託である。「トップ」とは、いわゆる「長期国債ファンド」を指し、長期国債を投資の対象とするため、比較的安全性が高い商品の一つである。右商品は、いずれも五年満期である。

同表記載のその余は、全て株式投資信託である。

二  原告の主張

1  原告は、昭和六三年五月当時、株式取引の経験が全くなかった。投資信託という言葉やその仕組みも全く知らず、もとより投資信託をしたこともなかった。

Aは、原告に対し、「利息がいいよ。」、「利息七パーセントよ。」などと話して、投資信託を熱心に勧誘した。

原告は、Aの説明を聞いて、証券会社にも銀行預金と同様の元本が保証された貯蓄方法があると信じるに至り、いくつかの金融機関に分散していた預貯金を被告との取引に一本化して管理しやすくしようと考え、「大事なお金だから絶対元本保証にして。」と告げて、被告と投資信託の取引を開始した。

Aは、原告が投資信託する資金が原告の夫の死亡によって支払われた保険金であり、原告の二人の子供の養育資金にもなっていることを熟知していた。

Aは、本件投資信託の開始時及び継続中に、投資信託が元本を保証したものでなく、いわゆる元本割れの危険性があることを説明したことがない。Aは、原告から、「安全なものに入れておいて。」と元本保証について念を押されるたびに、「よっしゃ、これは大丈夫だからな。」とか、「課長も大丈夫と言っていた。」などと元本保証を約束し、「利息がよい。」と断言した。このため、原告は、本件投資信託においては元本が保証されていると信じていた。

Aは、原告に対し、平成四年五月に至って、本件投資信託につきいわゆる元本割れをしていることを告げ、原告は、本件投資信託が元本割れのおそれのある危険な商品であることを初めて認識した。

2  本件投資信託の違法性

(一) 適合性原則違反

証券会社は、証券及び証券取引についての詳細な知識と豊富な経験を有し、必要な情報を収集し分析する能力を有している。したがって、一般の投資家は、証券会社の右知識、経験、情報収集・分析能力を信頼し、また、証券会社への投資信託が合理的かつ適切であると信頼して取引を行うのが通常である。

よって、証券会社は、顧客を勧誘して投資を行わせるに際し、顧客の属性、資産状況、資金の性格、資産の目的や趣旨、株式投資等の経験の有無・内容、投資意向等に照らして最も適合した投資を勧誘すべき義務がある(適合性原則)。

ところが、本件において、原告は、前記のように、投資信託の経験も知識もなく、投資する資金も夫の死亡保険金と預貯金であり、その動機も預貯金を管理しやすくするためというものであった。そのうえ、Aに対し、元本が保証されている安全な投資を依頼していたのに、Aは、元本割れの危険性の高い本件投資信託を勧誘したのであるから、Aによる勧誘は、適合性原則に違反する。

(二) 説明義務違反

証券会社は、前記のとおり、証券及び証券取引に関する知識、経験、情報等について、一般投資家と比べ著しく優越しているから、一般の投資家は、証券会社の有している知識、経験、情報等を信頼し、その助言に従って投資を行っている。一般の投資家が自由で合理的な投資判断をするためには、証券会社から正確で公正な情報に基づいて助言を受けることが不可欠であり、他方、証券会社は、投資家からの信頼を基礎に営業活動を行い、利益を得ている。

このような事情からすると、証券会社は、一般の投資家に対し、投資を勧誘する際、信義則上、投資家が当該取引に伴う危険性を的確に認識し得るように、情報を提供する義務を負っているというべきである。

特に、投資信託は、多種多様な商品があり、その名称も元本が保証される「貸付信託」と類似していることから、一般の投資家から誤解されることが多い。また、有価証券の取引経験に乏しい一般の投資家からは、いわゆる元本割れの危険性が十分認識されていないのであるから、投資を勧誘する際には、右危険性について十分に説明する義務があると言うべきである。

このため、証券会社は、投資家に対し、「受益証券説明書」を作成して、交付するなどの措置を講じる義務を負っている(証券投資信託法二〇条の二、同法施行規則一一条の二)。

本件において、Aは、原告に対し、投資信託制度の仕組みや運用方針、元本割れの危険性を説明しておらず、また、「受益証券説明書」も交付しなかったから、右説明義務に違反している。

(三) 断定的判断の提供、虚偽・不実表示による勧誘

証券会社は、一般の投資家に対し、投資を勧誘する際、投資家の適正な判断に資するため、証券取引の性格、仕組み、危険性等の重要事項について、正確かつ適正な情報を提供しなければならず、断定的判断や虚偽の情報を提供したり、あるいは重要な事項を説明しないなど、投資家の投資判断を誤らせる行為をしてはならない(証券取引法五〇条一項一号、健全性省令一条一項、証券投資信託協会業務規定等参照)。

本件において、Aは、前記のように、本件投資信託があたかも元本が保証されているかのような誤解を与える表現を用いて原告を勧誘したから、右勧誘は断定的判断の提供による違法なものである。

また、Aは、原告に対し、「受益証券説明書」を交付せず、元本割れを告知しなかった。これは、不作為による虚偽、不実表示による勧誘となり、この点からも違法である。

(四) 自己責任原則について

証券会社は、証券取引の専門家として、一般の投資家と広く取引を行うことを「免許」という形で国家から公認されている。また、証券会社は、前記のとおり、投資家より圧倒的に優位にあり、投資家の信頼を得ているが、さらに、積極的に一般大衆を勧誘して、証券投資に安易に参入させているという現実がある。

このような現実と投資家保護の理念に照らせば、証券会社は、投資家が自らの責任と判断で取引できるように、必要な措置を講じる義務を負っているというべきである。

換言すれば、証券会社は、一般投資家を勧誘する際、虚偽の情報や断定的判断を提供するなど、積極的な違法行為を行ってはならないことはもちろんのこと、顧客である投資家が、自己決定を下すための前提を欠いていることを認識した場合には、右投資家に対し、当該取引の危険性を十分に説明し、場合によっては警告をしたり、証券会社の認識している当該証券に関する重要な事実を説明すべき注意義務を負っているというべきである。

本件において、被告及びAは、原告が投資信託についての知識・経験を全く有していないのに、原告に対し、投資信託について何ら説明せず、「受益証券説明書」の交付やその危険性の告知を怠り、原告を自由な投資判断ができない状況下に置いたまま、本件投資信託をさせたのである。すなわち、原告は、その投資行動について自己責任を負うべき前提条件を欠いている。

3  被告の責任

(一) 被告は、会社ぐるみで右違法行為を行ったから、原告に対し、民法七〇九条に基づいて、右違法行為から生じた損害を賠償する責任を負う。

原告は、被告の右違法行為により、別紙「投資信託一覧表」1、3、5、7、8記載の投資信託について合計一九六万〇六〇〇円の損失を被り、また、本件訴訟を遂行するため、弁護士費用一九万二四〇〇円の支出を要したので、合計二二五万三〇〇〇円の損害が生じた。

したがって、被告は、原告に対し、不法行為に基づいて、二一五万三〇〇〇円及びこれに対する平成元年七月一九日(同表7記載の投資信託商品の購入日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を賠償する責任がある。

(二) 仮に、被告が民法七〇九条の責任を負わないとしても、Aは、前記違法行為により不法行為責任を負う。そして、Aは、被告の被用者であって、被告の事業の執行について、右違法行為を遂行したのであるから、被告は、同法七一五条一項により、Aの不法行為によって原告が被った損害を賠償する責任がある。

(三) また、証券会社は、投資信託契約の付随的債務として、勧誘に際し前記2のような違法行為をしてはならないという注意義務を負っている。

ところが、被告は右義務に違反して、原告に対し、前記損害を被らせたのであるから、債務不履行に基づき右金額を賠償する責任がある。

4  過失相殺について

Aは、何ら証券取引の知識・経験を有しない原告に対し、商品説明を全く行わず、元本保証を約して本件投資信託取引を勧誘し、その結果、原告が損害を回避できないようにしたのであって、Aの右勧誘行為の違法性は極めて大きく、他方、原告に責められる点はないのであるから、過失相殺はなされるべきでない。

5  損益相殺について

本件で問題となっているのは、元本割れの可能性の高い株式投資信託のみであり、事実上そのような危険性のない公社債投資信託(「トップ」、「中期国債ファンド」)、「ワリコー」(訴外株式会社日本興業銀行の一年もの割引興業債券であり、元本保証・確定利回りの商品である。)、利付き国債、金貯蓄等に投資したことによって生じた差益金等は、損益相殺の対象として考慮すべきでない。

三  被告の反論

1  取引経過等について

(一) Aは、昭和五六年に「投信債券外務員資格試験」に合格し、本件投資信託当時、投資信託が値動きのある有価証券に投資するもので元本が保証されないことや、株式組入比率が高いほど株価変動の影響を受けやすく、危険性が高いことなどを十分に理解しており、顧客に対して、その旨説明していた。

Aは、原告に対しても、その資産状況や希望を聞き、上司と相談のうえ、商品を紹介し、「受益証券説明書」を「よく読んでくださいね。その上でいいと思ったら、申し込んでくださいね。」と言って交付して、原告の理解を十分に得たうえで、原告から本件投資信託の申込みを受けた。

(二) Aは、原告から特に「固いのにして。」と言われたときは、「トップ」や「ワリコー」等安全性の高い商品を紹介した。

また、Aは、「ツインセレクト」、「ニューグロースユニット」、「ニューシステムバランス」などの株式投資信託商品を原告に紹介する際には、同種商品の実績を説明し、「受益証券説明書」も交付している。

Aが原告に対し元本保証等したことはなく、原告は、危険もあるが利益も期待できるとして、右株式投資信託の商品を購入したのである。

(三) Aは、原告に夫がなく子供が二人あることは知っていたが、投資の資金が夫の生命保険金で、子の養育資金にもなっていることは知らなかった。

2  違法性について

(一) 適合性原則違反及び説明義務違反について

投資信託商品の構造は、極めて平易である。その投資対象には株式等も含まれるが、株式等の価額が変動することは常識であるから、投資信託の償還金が変動するのはもちろん、変動リスクが投資対象によって異なることも、平均的社会人にとって十分に理解できる事項である。

また、資金の運用は、投資信託委託会社が行うため、投資家が個々の有価証券の銘柄の動向や社会情勢等に精通し、分析する必要もないから、投資家は自らの望む収益性と危険負担に応じた投資信託商品を選択すれば足りるものである。

さらに、投資信託は、一般に広く知れ渡った商品であり、投資に関連する金融商品であることは誰でも容易に分かるし、被告が配布している「受益証券説明書」、チラシ等には「株式」の文字が多数記載されているから、当該商品が株式に関係することは一目瞭然である。したがって、証券取引の経験に乏しい一般人においても、平均的な社会人としての常識と判断能力を備えるならば、投資信託の購入につき合理的判断をなしうるものである。

原告は、本件当時、通常の社会常識と判断能力を有し、株式の価額変動に伴う変動性や、収益性の高いものは危険性も高いこと等を認識していたのであり、本件投資信託の勧誘について適合性原則違反はないし、Aは前記のとおり必要な説明をしているのであるから、説明義務違反も存しない。

(二) 被告ないしAには、その他の注意義務違反等もない。

3  過失相殺

仮に、Aに何らかの違法行為があり、原告に不法行為に基づく損害賠償が認められるとしても、前記取引経過等に照らせば、原告にも過失が認められるから、相当の過失相殺をすべきである。

4  損益相殺

原告は、別紙2「取引経過表」記載のとおり、被告との取引継続中に、募集代金前受金利息(被告の内部規定に基づいて、債券及び投資信託募集代金の払込期日前の入金に対し、顧客から請求のあったものについて、買付額面金額と各商品ごとに定められた入金日から払込日又は募集日までの期間に応じた支払手数料の料率から算出される約定利息である。)、償還金、配当金等合計額六〇万七八二一円を受領したから、これについて損益相殺すべきである。

四  主たる争点

1  Aの本件投資信託取引の勧誘及び勧誘方法が違法であるか。

2  過失相殺、損益相殺の可否

第三  争点に対する判断

一  原告について

前記争いのない事実及び証拠(〈書証番号略〉、原告。〈書証番号略〉と原告の供述を合わせて、以下「原告供述」という。)によれば、次の各事実が認められる。

(一)  原告は、昭和二三年一一月生まれの女性で、中学校卒業後、紡績工場や雑貨屋で稼働するなどし、昭和四三年に結婚し一男一女ができたが、夫は昭和五九年五月に死亡した。原告は、夫の死後当時、それぞれ高校生、中学生だった長男・長女を一人で養育していた。

(二)  原告は、昭和五九年九月から、その住所地付近の病院で介護の仕事をし、昭和六〇年三月ころからは配管関係の会社の事務の仕事をした。

(三)  原告は、昭和六一年春から、大阪市内の行岡病院で勤務するかたわら、同市内の行岡医学技術専門学校に通学して、昭和六三年四月、准看護婦の資格を取得し、以後平成元年一二月まで、行岡病院で准看護婦として勤務し、その後も病院等に勤務している。

(四)  原告は、本件取引を開始した昭和六三年五月当時、資産は、合計一〇〇〇万円程度であって(夫の生命保険金の残金約五〇〇万円、貯蓄約五〇〇万円)、そのほとんどを郵便局に定期預金し、一部を銀行等に預金していた。

原告は、本件投資信託の取引開始当時、投資信託の経験がなく、その仕組みなどについて正確な知識もなかった。

二  本件取引経過等について

前記争いのない事実及び証拠(〈書証番号略〉、証人A、原告供述、弁論の全趣旨。ただし、〈書証番号略〉(Aの陳述書)の記載、Aの供述及び原告供述のうち後記採用できない部分は除く。なお、〈書証番号略〉とAの供述を合わせて、以下「A供述」という。)によれば、次の各事実が認められる。

1(一)  Aは、昭和六年三月生まれの女性で、昭和五六年に「投信債券外務員資格試験」に合格し、そのころ被告の投信債券外務員になり、以後、平成四年六月まで、被告の投信債券外務員として投資信託の勧誘等に従事した。

Aは、昭和六〇年又は六一年ころから行岡病院に出入りし、同病院の医師や看護婦らに対し、投資信託の勧誘をするようになった。Aは、当時、警察署や裁判所などの官公署をはじめ個人の自宅についても営業活動をしており、行岡病院には、三日に一回程度の割合で通っていた。

(二)  Aは、行岡病院においては、昼休み一時間の間に各階の看護婦詰所や医師の部屋を回り、看護婦詰所に人がいれば、投資信託を勧誘するチラシ(〈書証番号略〉)を看護婦に交付し、看護婦がいないときは三枚ずつチラシを置いて帰った。

Aと懇意であった看護婦長が利用している六階の看護婦詰所には、通常二ないし五人の看護婦がおり、原告も右詰所を利用していた。

Aは、右詰所に看護婦等がいたときは二〇分ほど滞在し、世間話をしたり投資信託を勧誘するチラシを配ったりし、看護婦等がいなければ右チラシを置いて帰った。また、Aは、同詰所には〈書証番号略〉のような「受益証券説明書」を置いていた。

Aは、看護婦から頼まれて銀行に行ったり、行岡病院の職員らの旅行に同行したこともあった。

(三)  Aの勧誘方法は、看護婦等に対し、「こんな商品が出ました。よかったら見てくださいね。」と言って投資信託を勧誘するチラシを交付し、被告が発行している「実績表」に記載してある利率を示し、「八パーセントで回っているよ。」などと話すというものであり、「これを買ってもらえませんか。」という言い方で勧誘するわけではなく、世間話などをして懇意になった看護婦等が右チラシなどに興味を示し、投資信託について問い合わせたときに、さらに説明をして商品を売るというものであった。

Aは、顧客から「何かいいのあるの。」と漫然と聞かれたときは、とりあえず「トップ」を勧めた。また、顧客が安全な商品を希望した場合には、「トップ」、「中国ファンド」(中期国債ファンド。公社債投資信託)、「MMF」(投資対象を国債を主とする投資信託)、「ワリコー」等を勧めていた。

2(一)  Aは、昭和六三年五月ころまでは、原告に対して投資信託の説明をしたことがなかった。

(二)  原告は、Aが他の看護婦に説明している利率等を聞いてAが販売している商品に興味を持ち、Aを通じて投資信託商品を買おうとして、昭和六三年五月一一日ころ、Aに声をかけた。

(三)  Aは、原告が前記のようなチラシを見て話しかけてきたのだと思い、原告に対し、その数日前に前記看護婦詰所に置いた「三五五回ユニット」(別紙1投資信託一覧表1)及び「ツインセレクト'88」(同表2)のチラシを見せながら、「株式が入っているから、安定はしませんが、今のところ銀行より利回りがよろしいですよ。」と話して、これらの商品の購入を勧めた。

Aは、その際、「ツインセレクト'88」には、「CB・債券型」(投資対象は公社債四〇パーセント程度、株式一〇パーセント程度、転換社債四〇ないし五〇パーセントであり、これらを分散して投資するものである。)、「株式型」(投資対象は、公社債二〇パーセント程度、株式八〇パーセント程度である。)があるが、株式を組み込んだ商品の場合、株価の変動を受けやすいので、株式の組入比率の小さな商品の方が安定していると説明して、「CB・債券型」の購入を勧めた。

もっとも、原告は、当時あったいくつかの預金口座をまとめるため、Aを通じて被告に預金した、Aに対しては、その際、利率は低くてもよいから必ず元本を保証してほしいと強調した、運用実績には興味がなかった、Aから平成四年五月に元本割れしたことを聞くまで、元本保証されているものと信じていたなどと供述している(原告供述)。

しかし、原告は、証券会社である被告に対し、高額の金員を預けたのであるから、それが株式等に投資されることは認識し得たはずである。

また、原告が、Aに対し、元本の保証を求めていたとすれば、Aとしては、「トップ」、「中国ファンド」等への投資を勧めたと考えられる。

したがって、原告の右供述は、いずれも信用できない。

(四)  Aは、原告から投資信託について、特に質問されたことがなく、また、投資信託の投機性・危険性についてそれほど深刻な認識がなかったこともあって、投資信託の仕組みや個々の商品の特性、投資方針、元本割れの可能性などについての説明はせず、それに関するチラシや「受益証券説明書」は交付しなかった。

また、この反面、Aが原告に対し、元本が保証されると述べたこともなかった。

なお、Aは、原告に対し、元本が保証されないことについて口頭で説明したと供述する。

しかし、株式の価格は、昭和六三年五月当時、いわゆるバブル景気による上昇傾向にあり(弁論の全趣旨)、また、A自身もいわゆる元本割れが後日、現実に生じるとは全く予想していなかった(A供述)。Aとしては、これから投資信託を始めようとする顧客に対し、株式が投資対象になっているからといって、わざわざ元本割れの危険性があることを説明し、顧客の投資意欲を殺ぐようなことをすべき理由はなかったというべきであるから、Aの前記供述は採用できず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

(五)  原告は、Aが勧めた商品を購入することにして、昭和六三年五月一一日、被告方に取引口座を開設し(〈書証番号略〉)、前記一覧表1、2記載のとおり、Aに金員を支払って、右各投資信託を購入した。Aは、原告に対し、右金員の受領と引き換えに、「預り証」を交付した。

3(一)  原告は、その後郵便局等の定期預金が満期になるのに合わせて、Aに連絡し、Aに勧められるとおり、別紙1投資信託一覧表3ないし7記載のとおり、投資信託商品を購入した。

(二)  Aは、原告に対し、投資信託のチラシを持ってきて運用実績などを話すことがあったものの、新たに商品を購入を勧誘する際にも、ほとんど商品の説明をしなかった。

また、原告に対しては、被告の関連会社で投資信託受託会社である訴外新和光投信委託株式会社(以下「新和光投信」という。)から、原告の投資信託の運用報告書が送付されてきたが、原告は、運用利率について見ることはあったものの、その他の内容はほとんど読まないままであった。

(三)  原告は、平成元年一二月、行岡病院を退職し、それ以降は、自宅や自宅付近の喫茶店等でAと会い、投資信託の注文等をした。

(四)  原告は、平成二年七月五日、金員が必要となって「ツインセレクト'88」及び「トップ八八〇七」を満期前に売却し、さらに、より運用実績のよい投資信託に切り替えるために「トップ八九〇六」を満期前に売却して、いずれについても同表2、4、6の「売買損益」欄記載のとおり、利益を取得した。

原告は、Aから勧められるとおり、同月一一日、「トップ八九〇六」の売却代金三一三万九二〇〇円のうち三〇〇万円で「ニューアクティブ'90―7」のうち「株式・債券型」(同表8)を購入した。

4(一)  Aは、平成四年五月二七日、上司とともに原告宅を訪れ、原告に対し、「顧客別照会」と題する書面(〈書証番号略〉)の「直解単価」欄を示して、原告の購入した投資信託商品がいわゆる元本割れした旨告げた。

これに対し、原告は、元本割れの危険性については何も聞かされていないと抗議した。Aは、同年六月七日、被告の投信債券外務員を辞めた。

(二)  原告は、Aの後任者から、同年八月一一日ころ、「顧客別照会」と題する書面(〈書証番号略〉)を受領して、「三五五回ユニット」を別紙1投資信託一覧表1記載のとおり売却し、さらに、平成五年四月六日、「システムバランス'88」を同表5記載のとおり売却した。

また、原告は、同表3、7記載の投資信託商品も、同表のとおり売却した。

三  違法性について(争点1)

1  証券取引のような相場取引への投資は、投資家自身が自己の判断と責任の下に、当該取引の危険性等を判断して行うべきもので、それによって損失が生じた場合は、本来、投資家自身が負担すべきものである(自己責任の原則)。

しかし、証券会社と投資家の間には、証券取引についての知識・経験、情報の収集能力及び分析能力等において格段の質的・量的差異があり、一般投資家は、専門家である証券会社の提供する情報や助言等に依存して投資を行わなければならず、他方、証券会社は、一般投資家を取引に誘致することで利益を得ているという実態がある

これらを考慮すれば、証券会社及びその投信債券外務員等は、一般の投資家に対して証券取引を勧誘する際、①一般投資家が取引の危険性を認識するのを阻害するような断定的判断を提供したり、虚偽・不実表示による勧誘したりすることが禁止される。また、②一般投資家への勧誘は、投資に関する知識・経験、投資の目的、財産状態等に鑑みて、その者が証券取引への「適合性」を有する場合に限られるべきであり(適合性原則の遵守)、また、③一般投資家に対し、信義則上、当該取引の仕組みや危険性等について説明をする義務(説明義務)を負っている。

右の①ないし③の原則・義務は、証券取引法等にも規定されているが、右諸規定は、公法上の取締法規であって、これに違反したからといって直ちに私法上の損害賠償義務が生じるわけではない。

右違反が私法上も違法と評価されるか否かは、当該取引の一般的な危険性の程度や投資家の知識・経験等の具体的属性及び具体的な取引状況等によって判断されるべきである。

2  適合性原則違反について

(一) 商品の一般的危険性について

(1) 前記認定事実及び証拠(〈書証番号略〉)によれば、原告が被告から購入した投資信託商品の内容及び特徴は次のとおりであると認められる。

① 三五五回ユニット

内外(主として米国)の証券取引所上場株式及び公社債を主要な投資対象とするもので、株式の投資は信託財産の純資産総額の七〇パーセント未満に制限されている。初年度については株式は三〇パーセント程度とし、公社債への投資は同二〇ないし三〇パーセントとし、若干の転換社債、外国債券も資産に組み入れて運用する(五年満期)。株式の投資は分散して行う。

② ツインセレクト'88 CB・債券型

内外の証券取引所上場(これに準ずるものを含む。)されている転換社債、公社債及び株式を主要な投資対象とするもので、株式への投資は信託財産の純資産総額の三〇パーセント以下に制限され、当面、転換社債を四〇ないし五〇パーセント程度、内外の公社債を四〇パーセント程度、株式を一〇パーセント程度信託財産に組み入れて運用する(五年満期)。

③ ニューグロースユニット'88

内外の証券取引所上場(上場予定)株式を主要な投資対象とするもので、株式への投資に制限はないが、当面、株式を八〇パーセント程度、内外の公社債を二〇パーセント程度信託財産に組み入れて運用する(五年満期)。株式の投資は積極的かつ重点的に行う。

④ トップ八八〇七及びトップ八九〇六

内外公社債マザーファンド受益証券及び内外の公社債を主要な投資対象とする公社債投資信託(五年満期)。

⑤ システムバランス'88

システムバランス'88マザーファンド受益証券を主要な投資対象とし、ほかに内外の証券取引所上場(上場予定)株式及び内外の公社債に直接投資するもので、株式及び新株引受権証券への投資は信託財産の純資産総額の七〇パーセント未満に制限されている(五年未満)。

前記マザーファンドは、内外の証券取引所上場(上場予定)株式及び公社債を主要な投資対象とするもので、株式への投資は信託財産の純資産総額の七〇パーセント未満に制限され、当面、株式を六〇パーセント程度、公社債を四〇パーセント程度信託財産に組み入れて運用する。

⑥ ニューシステムバランス'89

四年満期であること、マザーファンドの当面の運用が株式を五〇パーセント程度、公社債を五〇パーセント程度信託財産に組み入れるほかはシステムバランス'88と同一内容である。

⑦ ニューアクティブ'90―7 株式・債券型

ニューアクティブ'90―7マザーファンド受益証券及び公社債を主要な投資対象とするもので、前記マザーファンド受益証券、株式(新株引受権証券を含む。)への投資は信託財産の純資産総額の七〇パーセント未満に制限され、当面、右受益証券を五〇パーセント程度、内外の公社債を五〇パーセント程度、信託財産に組み入れて運用する(五年未満)。

⑧ 株式投資信託においては、同一銘柄への投資はいずれも五パーセントないし一〇パーセントに制限され(転換社債も同様)、分散投資が図られている。株式への投資については、現株取引だけでなく、一定の制限割合が設定されているものの、新株引受権証券、先物オプション取引等を行うものとされ、また、外貨建取引も行われている。

(2) 前記説示のとおり、別紙1投資信託一覧表1、2、5、7、8記載の投資信託は、直接・間接、割合に差があるものの、いずれも、主要な投資対象の一部に内外の公社債を含んでいる。同表3の投資信託は株式の信託財産組入れに制限がないが、当面の運用として公社債を二〇パーセント程度組み入れるものとされている。公社債の価額は通常安定しているから、右投資は、純粋な株式投資や転換社債等の取引(以下、合わせて「株式投資」という。)に比べれば取引の危険性は少ない。また、同一銘柄への株式投資は一定割合に制限され、分散投資が図られているから、この点からも株式投資に比べると投資の危険性は小さい。

他方、株式投資信託は、株式の価額変動や転換社債等の価額変動に応じて信託財産の基準価格が変動するものであり、「トップ」等の公社債のみを投資対象とするものと比べて、取引によるいわゆる元本割れの危険性が大きいといわなければならない。中でも同表3記載の株式投資信託(ニューグロースユニット'88)は、株式の信託財産組入れに制限はなく、当面の運用方針も、株式投資比率が八〇パーセント程度で、重点投資を行うとしているから、他の投資信託に比べ、取引の危険性は、ある程度大きいといえる。

(二) 前記認定のとおり、原告は、本件取引まで投資信託の知識も経験もなく、運用実績には興味があったと認められるが、他方「トップ」など比較的安全な商品を購入していることに照らすと、元本割れの危険性を冒してまで利益を追求する投機的な意思はなかったと推認できる。

しかし、原告は、その年齢・学歴(准看護婦資格を有している。)・職業からして、少なくとも平均的な社会人一般の能力を有しているうえ、株式投資信託は株式投資に比べれば危険性が小さく、その仕組みを理解したり、取引をする際に格別高度な知識が要求されるものであるとはいえない。また、原告は本件投資信託の取引開始当時、一〇〇〇万円という決して少なくない資金を有していたが、株式投資信託のうち比較的危険性の大きいいわゆる「成長型」投資信託には右資金のうちの三〇〇万円を投資したのみであり、他は、それよりは危険性の小さい「安定成長型」を選択している。これらの事情を考慮すると、原告に株式投資信託をする適格性がないということはできず、Aが原告に対し投資信託を勧誘したことが適合性原則に違反するということはできない。

3  説明義務違反について

(一)  金融商品に関する説明義務は、投資家が当該取引の損失を自己責任の原則のもとで負担させるべきか否かという観点から考えるべきであり、説明義務の内容や程度は、当該商品の仕組み等の複雑性、取引による危険性の大きさ、これらの周知性、投資家の理解能力等との相関関係によって決定されるというべきである。

投資信託の仕組みや株式投資信託の危険性等については前記説示のとおりであり、証券取引等の知識や経験のある者にとっては投資信託の仕組みそれ自体はそれほど複雑なものでなく、「投資信託」、「中国ファンド」等の用語は、社会一般に周知されている。

しかし、投資信託には、多種多様な種類があるうえ、ことに株式投資信託の仕組みや危険性は、株式投資ほどには周知されておらず、これらを理解するには格別高度の知識は要求されるとはいえないものの、証券取引等について知識や経験が全くない者がこれらを理解するのはそれほど容易なことではない。

株式投資信託の場合、投資対象として株式が含まれていることは容易に理解できるとしても、同時に公社債や転換社債等をも投資の対象としているから、株式の価額が下落したとしても、公社債等で利益が出ていれば元本割れはせず、株式の価格が下落したことと投資信託商品が元本割れをするか否かとが直ちに結びつかない。また、投資信託の受託者がどの株式に投資しているか投資信託の購入者には知らされていないから、株価の変動が投資信託の商品価値にどのように影響しているかを購入者が直ちに知るのは困難である。したがって、証券取引等の経験のない者が、当該商品が全体として元本を割るか否かを判断することは、必ずしも容易でない(特に「ツインセレクト'88」などは株式組入比率が一〇パーセントにすぎない。)。したがって、単に投資対象に株式が含まれていると説明したことをもって、いわゆる元本割れの危険性について十分に説明したということはできない。

一般の投資家にとって、投資の元本が保証されるか否かは、当該商品の購入の可否を判断する際の重要な要素であるから、投信債券外務員等は、その顧客に対し、転換社債等の用語の内容を説明し、それについても価額の変動があることについて説明する必要があるのみならず、全体として元本割れする危険性について明確に告知することが不可欠であり、また、投資信託の構造や個々の商品の特性等についても説明する義務があるというべきである。

(二)  前記認定のとおり、Aは、原告に対し、投資信託の運用実績が銀行預金の利率を比べて安定していないことに触れながら、前記チラシを手渡したにすぎない。

しかし、本件投資信託を勧誘するために用いられたチラシ(〈書証番号略〉)は、証券取引等の知識のない者が、一読して、投資信託の仕組みや当該商品がどのようなものかを理解することが困難なものである。

たとえば、「ツインセレクト'88」のチラシ(〈書証番号略〉)には、表面に「貯蓄新時代にニーズに合わせて選べるファンド」と記載され、また、裏面には「CB・債券型」の欄に「着実な成長で安定運用をお考えの方に」「転換社債を中心に良利回りの公社債および株式に分散投資し、信託財産の着実な成長をめざします。」、「転換社債四〇ないし五〇パーセント程度、公社債四〇パーセント程度、株式一〇パーセント程度」で運用するなど記載されている。

しかし、右チラシ表面の記載は、単に投資信託を勧誘したものにすぎず、裏面の記載についても、「信託財産」、「転換社債」、「公社債」等の用語を理解していない者が、銀行などへの預金との異同を理解することは不可能である。

また、右各チラシには、「株式などの値動きのある証券に投資しますので、元金が保証されているものではありません。」と記載されているものの、その活字の大きさはおおよそ五ないし六ポイントであり、線も細いもので、あまり目立たないし、右チラシは全体として「財産の着実な成長」を印象づける内容となっている。

したがって、右のようなチラシを示したとしても、これによって、投資した元本が保証されないことを説明したことにはならず、原告が、右チラシを受け取ったというだけでは、顧客が投資信託一般や個々の商品の特性、いわゆる元本割れの危険性等について理解できたとは到底言い難い。

その他の投資信託のチラシについても同様である。

(三)  もっとも、受益証券説明書(〈書証番号略〉)には、投資信託の仕組みが記載されており、表紙の裏面等に株式投資信託は元本が保証されていないことが明記されている。

しかし、証券取引等の経験のない者が、受益証券説明書の右記載から直ちに株式投資信託の仕組みを理解することはできず、投信債券外務員等が、右記載内容を説明することが不可欠と考えられる。

しかし、前記認定のとおり、Aが原告に対し、受益証券説明書を交付したとか、さらに、右書面について説明したと認めるに足りる証拠はない。

(四)  以上によれば、Aは、原告に対し、本件投資信託を勧誘する際に要求される説明義務を履行していなかったことが認められる。

4  断定的判断の提供、虚偽・不実表示による勧誘について

前記認定のとおり、Aが元本保証したとまでは認められず、その他、Aが原告に対し、断定的判断を提供し、虚偽・不実表示による勧誘をしたことは認められない。

五  被告の責任

Aが原告に対し、本件投資信託を違法に勧誘したことは、前記説示のとおりである。そして、Aは、右行為について少なくとも過失があるというべきであるから、原告が右行為によって被った損害を賠償すべき責任がある。

被告は、Aの使用者であり、Aの勧誘行為は被告の事業の執行についてなされたものであるから、被告は、民法七一五条一項により、右同額の損害賠償責任を負う。

六  損害

原告は、本件投資信託のうち、別紙1「投資信託一覧表」1、3、5、7、8記載の投資信託について、同表「売買損益」欄記載のとおり合計一九六万〇六〇〇円の損失を被った。

本件において、原告は、別紙1「投資信託一覧表」2記載の投資信託につき四万八六〇一円の償還金、同表1ないし3、5、7、8記載の投資信託につき、別紙2「取引経過表」記載のとおり、合計二三万四〇〇〇円の分配金、合計六九〇〇円の「募集代金前受利息」を受領している。

ところで、本件違法勧誘行為による不法行為の成立とは別に、原告は、投資信託の購入により受益証券を有効に取得しているというべきであるから、原告の本件株式投資信託に対する出捐額から、本件投資信託に起因して原告が取得した利息・分配金・償還金を控除して清算した最終的な損害額をもって、本件違法勧誘行為により原告が本件株式投資信託を購入させられたことによる損害というべきである。

したがって、原告の損害は、前記損失額から前記分配金等を控除した一六七万一〇九九円となる。

なお、遅延損害金の起算日は、損害額が確定した日(原告が、同表3、7記載の投資信託商品を換価した日)の翌日である平成七年七月二九日とすべきである。

七  過失相殺・損益相殺について(争点2)

1  過失相殺

投資信託が銀行などへの預金と異なり危険性を伴うものであることは、本来、常識として有していなければならないことである。また、原告は、株式投資信託をする適格性を有しないということまではいえないこと、他方、Aは、原告に対し、本件投資信託の開始に際して十分な説明義務の履行をしなかったものの、それ以上に虚偽・不実を述べたり、断定的な判断を提供しなかったことは前記認定のとおりである。さらに、原告としては、Aが配布していたチラシ等を読んだり、Aを通じて被告から投資信託について必要な説明を求める機会は十分にあったのに、原告は、これを活用しなかったうえ、新和光証券から送付される「株式運用報告書」等も内容を読まずに放置していた。

以上のような事情を総合すると、本件損害の発生に関して、原告にも、相当の落ち度があったというべきであって、これを斟酌すれば、原告の右損害額から六割を過失相殺をすることが相当である。

そうすると、原告が被告に請求しうる損害額は、六六万八四三九円(一円未満切捨て)となる。

2  損益相殺

本件違法勧誘行為に基づく損害について前記のように算定した以上、過失相殺後の損害額について、本件株式投資信託に基づいて原告が得た利益をもって重ねて損益相殺をすることは適当でない。

また、別紙2「取引経過表」の備考欄記載の原告と被告との取引によって得た金額のうち、既に損害算定の際に考慮したもの以外は、本件不法行為によって原告が利得したものは認められないから、これを損益相殺するのは相当でない。

3  弁護士費用

本件弁護士費用は、右金額の約二割の一三万円とするのが相当である。

合計 七九万八四三九円

八  結論

以上のとおり、原告の本訴請求は、被告に対し、七九万八四三九円及びこれに対する平成七年七月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官林醇 裁判官亀井宏寿 裁判官桂木正樹)

別紙〈省略〉

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